断絶タンブラー

ずっと睡魔のターン。

Sun Nov 20

働くというのはたいへんなことだと思っていました。私がお給料をもらってそのお金で屋根のある部屋に住んでまともなごはんを食べようとするなんて途方もなく野心的な試みであって、しかし私は、それをするのだ。と決意していました。

アルバイトで食べていくこととプロフェッショナルとして仕事をすることのあいだには大きな差異があると思っていました。その差異がなんだか私にはわからないけれど、既にきちんと働いている人はみんなわかっていて、私はこれからそれを知らなければならないのだと。

二十代半ばで、おかしいなあと思いました。礼儀正しくして需要がある行いを決められたフォーマットにのっとって良いタイミングで実施することができればお給料分の仕事はできているようなんだけれども、そんなはずはない。もっと困難なはずだ。そう思いました。

「社会っていうのはなあ、そんな甘いもんじゃねえんだ」みたいな、威張りたいのに威張る根拠を持たないおっさんの戯言、失礼、ごく一部の年長者が使う威圧的な言い回しを真に受けていたのです。そんなせりふに中身はない、という真実が衝撃的すぎて、二十代の終わりまで、まさか、と思っていました。まだ私がほんとの一人前じゃなくて、だからわかんないだけなんじゃないか、と。

三十過ぎて職業人としての自信も少しついてきて、ようやくわかりました。働くということに、そんなわけのわからない資格みたいなものは要らない。需要のあるスキルを身につけて誠実に努力すれば、好きな分野で、悪くない職場環境で、愉快に働くことができる。全然できる。

そんなことにわりと最近になって気づくなんて愚かなことです。しかし私は幻の困難に挑戦しようと勇ましく決意していた頓珍漢な若いころの私をそんなに嫌いではありません。可憐といってもいいと思っています。

ここではたぶん嘘をつかない - kasa_soraインタビュー (via treyfla)

(via mcsgsym)