それほど明確な、色を出してるという、あのー、自信がありません だけど、こういうことを気をつけることがあります
作詞ということ、それから小説を書くということ、それからアニメを演出すること、実はこの3つは根本的に媒体が違います
そうすると、媒体の、つまり伝える方法は根本的違うならば、その媒体の違いにあわせた表現をしたいというふうに意識するだけです
一見これは当たり前の考え方なんですが、この十...んー、まー、あの、これを一緒にする人がいます
どういう一緒にするかというと、自分の作品の、たとえば、タイトルが先にある、内容が先にあるために、小説にしようが、アニメにしようが、詞を描く上であろうが、
同じ形でなければならないと思い込みすぎている作家というのはかなりいるんです
で、いま一般論的にこういう言い方をすると、おそらく皆さん方が想像付かないです 媒体が違うんだから、表現が違ってきたというのは当たり前だというふうに思うわけです
だけども、繰り返しますが、自分が作り手になったときに、アニメも小説も詞も同じにしたいという欲望!欲!は間違いなく働いてます
それで、僕自身はガンダムをやり、30年前からそういう現象があることも知っていましたから、それを使い分ける努力をしました
どころが、最近そういう意味でいう具体的に悪い例がまた知りまして、本当にガツンとしています
日本の漫画家、日本の漫画雑誌編集者が、ついにアニメのプロデューサーにこういうことを言うようになりました
「この漫画家のコマ割りはアニメになったときのカット割りを想像しているので、カット割りを変更しては困る!」という、この二年くらい顕著になってきたのです
今、この中で3分の1くらい(の人)がこの意味を分かっていないようですが、その意味は説明しません
もう媒体が違う!!漫画とアニメの媒体が違うんだから、そんなことはありえないんです!ありえないんです!
ついに、東京で漫画雑誌専門の編集者がついにそういうことを言うようになってきたというのは、この2、3年です その2年以来かなり顕著です
こいつらもほとんど僕の立場で言えばキチガイみたいなもんで、あいつらをブチ殺せ!