断絶タンブラー

ずっと睡魔のターン。

Fri Dec 4

こないだtumblrでみたんだけど

yteppei:

lunaryue:

といって人と話すことが増えた。

話せる内容が増えたのだと思う。僕はとうにテレビを見ない。実家を飛び出してからここ4年くらい見てない。マスコミ不信とかではなくて、もともと僕はそんなに人間を信じてもいなければ疑ってもいない。ただ買ってまで見なくても、知りたいことをパソコンで調べれば充分だった。

Twitterと同じで、その情報がどこかの誰かのIDによってフィルタされたものだということに、僕は価値を感じる。テレビも基本的にはそうなんだけど、テレビはみんなみてるから結構その話題が知られているような錯覚がある。

ああ、わたしも同じ番組見てたよ、みたいな。

それはそれでいいんだけど、どうせなら知らないことを、知ってることだとしても、その話題により興味を誘うような話し方をしたいなと思う。相手にもそれを望む。たとえそれが偏見に充ちたメード喫茶の話題だとしても、だ。

とりとめのないおしゃべりも同じくらい好きなんだけれど、僕は割と子供のころから刺激的な会話を望んでいる。今は相手をちゃんと選ぶ、ということをやっと覚えたところ。

絵の話になるけど、いつも見てます、あなたの絵が好きですとか言うために即売会イベントに行く。かつて売る側だったこともあって、ああいうことを言いに来る人って、妙に気持ち悪かったり、ひどくうれしかったり様々なんだけども、僕は言われるのがすごく恥ずかしいのに、他人にはあえて言いに行く。あなたのつくったものが好きだと、伝えたくなる。多分気持ち悪い。

tumblr経由が最近は多くって、だから誰かに無断で引用(転載)された画像からファンになって、直接本を買いに行くってことになってる。でも、こういう探し方もある。

誰かの”好き”から伝染してる。もしかしたら、嫌いな気持ち、嫉妬もあるかも知れないね。それでもいい。誰かの関心の結果に起因してる。それと出会った自分の反応が、購入に繋がってる。探し方のひとつとしてアリだと思う。ランキングを参考にするよか効率は良い。

そういえば、インターネットだから、ウェブだから、tumblrだから、Twitterだから、だからすごい! みたいな論説をその界隈の職業の人が熱心に言っているのをたまにみる。

でもそれってあんまり関係ない気がしてる。新しいメディアに関わってるって自信を誰かに裏付けしてほしくてそんな言い方をするのかなとすら思える。わざわざ。

自分のお気に入りを人にそれとなく伝える、それを気軽に行えることはとてつもなくすばらしい。時には、気にくわないってことも無言で伝えられる。ちょっとした一言や、あるいはそこから小さな議論が発生して、情報が変容する。もしかそれは全部嘘かも知れない。でもそれがいい。知りたいな、と思ったら自分でちゃんと調べるから。

僕は10年もインターネットを利用していないけど、こんなに寡黙でいて饒舌な、多様な感情を味わえる時間を知らない。

だけどそんなこと、今から友達に直接会って出来ることじゃないか。それをコンピューター技術が便利にした。友達じゃない人にだって、それとなく伝わっていく。すばらしいのはこの気持ちもセットなんだ。

当たり前のことだけど、忘れがちだった。忘れたら思い出すようにしよう。

とりあえず、Reblog.